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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)369号 決定

抗告人

株式会社潮来ゴム

右代表者代表取締役

島村宏

右代理人弁護士

武藤英男

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一抗告人は「原決定(本件差押命令)を取り消し、債権者江口磨瑳志の債権差押命令の申立てを却下する。」との裁判を求め、その理由の要旨は次のとおりである。

1  原決定は債権者を原告とし、抗告人を被告とする東京地方裁判所昭和五九年(手ワ)第二七一〇号約束手形金請求事件の仮執行宣言付手形判決(以下「本件手形判決」という。)の執行力ある正本を債務名義としてなされたものであり、その請求債権は別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の手形債権である。なお、長江ケミカル株式会社は抗告人の商号変更前の商号である。

2  ところで、本件手形については、昭和六〇年二月一五日付で、茨城県信用保証協会を債権者とし、本件債権者である江口磨瑳志を債務者とし、江口磨瑳志から本件手形の手形債権についての訴訟委任及び取立委任を受けて本件手形を所持している弁護士高城俊郎を第三債務者とする手形引渡請求権仮差押決定(水戸地方裁判所昭和六〇年(ヨ)第三四号事件)があり、その内容は、「(一)債務者江口磨瑳志の第三債務者高城俊郎に対する本件手形の引渡請求権を仮に差押える。(二)第三債務者は、右手形を債務者に引き渡し、又は債務者の指図に基づいて、これを債務者以外の者に引き渡してはならない。(三)第三債務者は、債務者の委任を受けた執行官に対して右手形を引き渡すことができる。」旨の仮差押決定をした。従つて、高城俊郎は、江口磨瑳志との間の訴訟委任及び取立委任が終了したか否かとは関係なく、本件手形を同人に引渡すこと及び同人の指図に基づいて同人以外の者に引渡すことを禁じられる。

ところで、民事執行法一五五条の規定によれば、差押債権者は旧法時とは異なり別途取立命令を得るまでもなく第三債務者から差押債権の取立てをすることができるのであるが、この場合でも、手形の受戻証券性から、右の取立ては手形の引渡しと引換えにしなければならない。ところが、本件においては、前記仮差押決定の効力として、高城俊郎は差押債権者である江口磨瑳志に本件手形を引渡すことができないのであるから、同人が本件手形の引渡しと引換えに差押債権を取り立てることはできないし、高城俊郎は江口磨瑳志の指図に基づいて第三債務者に本件手形を引渡すことができないのであるから、右高城が本件手形の引渡しと引換えに第三債務者から差押債権を取り立てることもできない。そうすると、差押債権の取立権を認めることとなる原決定は右仮差押決定と矛盾することとなり、現に前記仮差押決定がすでに効力を有している以上、原決定はこれに抵触違反するもので違法である。

3  また、昭和六〇年五月二日抗告人代理人と債権者代理人高城俊郎との間で本件手形判決による執行はしない旨の不執行の合意をした。しかるに高城俊郎は同年五月一八日付書面で一方的に不執行の合意を撤回する旨通告し本件差押命令申立をしたものである。従つて、原決定は右不執行の合意に違反してなされたもので違法である。

二当裁判所の判断

1  抗告人主張2について審究する。一件記録によると、原決定がなされる前の昭和六〇年二月一五日水戸地方裁判所は債権者茨城県信用保証協会の申立てにより、本件債権者江口磨瑳志を債務者とし、江口磨瑳志から本件手形についての訴訟委任及び取立委任を受けて本件手形を所持している弁護士高城俊郎を第三債務者として、その主張の如き仮差押決定がなされ、その頃同決定が右第三債務者に送達されたことが認められる。

ところで、右仮差押の執行によつて差止められたところは、仮差押債務者である江口磨瑳志が第三債務者である高城俊郎から本件手形の引渡を受けたり、同人に対する本件手形の引渡請求権を他に処分したりすること及び高城俊郎が江口磨瑳志に本件手形を引渡したり、同人の指図に基づき本件手形を同人以外の者に引渡すことを差止められたにとどまるものであつて、右仮差押は、同人又は同人の委任に基づき高城俊郎が、本件手形の手形債権を請求債権とする強制執行の開始を申立てることまでをも禁止したものではなく、また債権差押命令が差押債権者に差押債権の取立権を付与するものであつても、債権執行の開始を申立てることを禁止したものでもない。そして、右申立てがあれば、執判所は右開始の要件を充足するかぎり強制執行を開始するのであつて、請求債権が手形債権であるからといつて、手形の引渡又は提供のあつたことの証明を強制執行の開始の要件とすることもできない。そして、債権執行は差押命令により開始するのであるから、原決定には何らの違法もなく、原決定が前記仮差押決定と矛盾、抵触するものでもない。もとより、本件債権執行の手続が進行した場合に、江口磨瑳志又は高城俊郎が前記仮差押決定によつて本件手形の引渡しができないことにより、手形の受戻証券性から請求債権の満足が得られなかつたり、また、場合によつては、本件手形の引渡がないのに請求債権の満足が得られたりすることがあるとしても、これによつて、原決定が違法となるものではない。

よつて、抗告人主張2の抗告理由は採用することができない。

2  次に抗告人主張3の不執行の合意の主張について審究するに、一件記録中の高城俊郎作成の武藤英男あての書面のみによつては右事実を認めることはできず他にこれを認めるに足る証拠がなく、右主張も採用することができない。

3  よつて、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官柳川俊一 裁判官三宅純一 裁判官林 醇)

手形目録

振出人 長江ケミカル株式会社

額面 五〇、〇〇〇、〇〇〇円

振出地 東京都北区

支払地 東京都北区

支払場所 株式会社三菱銀行赤羽支店

振出日 昭和五八年八月一日

受取人 株式会社三菱銀行

第一裏書人 株式会社三菱銀行赤羽支店(裏書担保責任を負担せず)

被裏書人 江口磨瑳志

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